小説風に書こうとしたら案外時間かかった

「……ピアノ26日の夜5時半から…？」


一瞬の硬直。
出掛ける準備を済ませ自分の部屋に上着を取りにきた俺の目線にあるスケジュール帳が、ある意味残酷な文字を残したままひらひらと窓から入る風に揺られていた。
なんだか最近このパターン多いぞ。圧倒的に多い。しかも友人との約束事とかじゃなく、ピアノだけ……なんなんだこれは。
上着を無造作にベッドの上へ放り投げてから机に置いてあるスケジュール帳を再度確認し閉じる。間違いない。ピアノは……今日の5時半からではない。
こういう経験は誰にでもあるとは思うが、もう三週連続だ。一週目は日にちを間違えとんぼ返り。二週目は一時間早く来てまたしてもとんぼ返り。三週目……今回は未遂に終わったわけだが。出掛ける準備をしてしまっただけ時間が無駄になる。
「ピアノ終わってから課題やろうと思ったのに…参ったな。」
自身の場合に限りだが、予定というものがが狂わされると今後一切のやる気がなくなってしまうのは自分の短所であると自覚している。課題をやる、ということまでに至るプロセスがなくなってしまったらもうどうしようもない。
とか言って本当は嫌なことを後に後に持っていってるだけなのだ。屁理屈と何ら変わりはない。ほとほと自分の根性の無さには驚かざるを得ないな。悪い意味で。
ちらりと徐に時計を見る。5時11分。飯まではまだ十分余裕がある時間帯だ。変に時間が余ってしまった。いつもならぐーたらパソコンでもいじって暇潰すんだけどな。そう、い つ も な ら 。
「……………はぁー…。」
滅多につかないため息出しつつ、よっこらせと放った黒いジャケットを着直しクローゼットの中から中学時代から愛用している音符の柄が入ったマフラーを首に巻く。
「今日……クリスマスイブだし。」
部屋の窓を閉めて玄関へと向かった。

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（なんで店内BGMマクロスのOPなんだろ……。）
聞き慣れたマクロスFの1stOPのフルが店内で流れようとしている。出だしで反応しちゃうとかもう末期なのかもしれないな。ていうか……なんでイブにこんなところ来たんだっけ？
目の前に広がるゲームの数々。品揃えは若干悪いものの、押さえるところはきっちり押さえてるようだ。今話題のFF13もデモ映像を流したりしてちゃんとディスプレイされている。
ここは小学生の頃からお世話になっている地元密着型のゲームショップ……そうだ、個人的にずっと気にはなっているものの買っていなかったテイルズオブヴェスペリアとバイオ5の値段確認と、FF13の下見に来たんだったな。確認とか言っといて家でAmazonでの値段はメモ済み。どう見ても計画犯です。本当にありがとうございました。
（TOVの新品はなし……バイオ5は中古で5000円ちょい、か。やっぱ名作は中古でもそれなりにするのね。）
実際、値段メモまでしといて買う気はなかった。ファミマで適当なケーキと、クリスマスのチキン代わりと言っちゃなんだがファミチキを買うついでにここへ寄っただけ。ここに入るの久しぶりだったし、ゲームショップの雰囲気って嫌いじゃないから。
20分ほど新作・旧作ゲームをチェックして、さあファミマ行って帰るかと思っていた矢先あることを思い出してしまう。
（……確かあそこのポイントカードに5000円分くらい溜まってたような…。）
財布にいつも入れてある某有名電気店のポイントカード。以前2階に置いてある共用パソコンが水没した時に新しいパソコンをあそこで買って、その際の店員がそんなことをさらっと言っていたような……。
待てよ…あそこは1p＝1円の筈。TOVの相場は大体7000円前後……ポイント使えば2000円で新品が買える…！
いや、考えろ。何もTOVだけじゃない。話題沸騰中のFF13も下手したら3000円掛からずに買えるかもしれん。これ今買ったら勇者じゃね？周りで買ってる人いないよ？
…待て。待て待て。バイオ5の中古が5000円だったよな……。ポイントでバイオ5買いつつ他のは自腹で買うっていう手もある。名作が一気に二本……それはそれであり…！？
いつの間に出したポイントカードを凝視しながら聖夜のゲームショップで頭をフル回転。なんだろう、若干の違和感と寂しさを感じる。が、今はそんなこと関係ない。
（まぁ…行ってから決めればいいか…。）
店を出ると丁度よく目の前のバス亭にバスが止まっていた。これはもう……行けってことなのか？
ふっと湧き出る自嘲の笑いをマフラーの中で何もなかったことにしてバスに乗り込んだ。
なんだか楽しくなってきやがったぜ、今年のクリスマスイブ。

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人は期待してたことよりほんの少しだけ良い結果が出ると感動するものらしい。夏に行ったバイトの面接で、個人経営の居酒屋の店長がそう言っていたのを思い出した。
その意味をちょっと理解する。確かに、今の俺は感動しているかもしれない。財布の中に入れてあるあれの存在感が今日ほど大きく感じたことはないだろう。
バスは無造作に終点のバス亭へと向かう。乗客分の様々な思惑と、ひとつのしっかりとした胸の高鳴りを乗せて。


最後尾、と大きく書かれたプラカードをやっとこさ見つけた俺は迷いに迷って選んだ商品をしっかりと右手に持ちながらそれに並ぶ。
（どこまで列が続いてるのかと思ったら……結局この階の入口まで続いてんのかよ……。）
このフロアをぐるっと一周するような形でレジ待ちの行列が作られていた。正直、こんなに並ぶのはディズニーのアトラクション以来だ。
やたらおもちゃ類を担いでいる大人が多い。我が子へのプレゼント、か。今日イブだもんな。
そんなことを思いつつ改めて右手に持っている自分へのクリスマスプレゼントを見る。
テイルズオブヴェスペリア、一択。理由はバイオ5がなかったことと、FF13はもうちょい成り行きを見てからということでまとまったからだ。それに冷静に考えるとそこまで欲しいわけじゃない。なんとなく名作っぽい感じがしたから気になっただけ。
徐々に進む列。レジが見えてきた。しかし……ここ半年間くらいで一番大きい買い物だな。ヨーロッパ旅行でのあれこれはなしとして、単品5000円越えのものを買うということは滅多にしない。大人買いに慣れていないのだ。性格上からしても、ちまちま小さいものを買っていくタイプ。
その小さいものすらも最近は買っていなかったから余計にそう思うのかもしれない。それに……今日という日には大きな後押しがある。
何もかもが、そう言っただけで妙に聞こえが良くなる魔法の言葉だ。
「今日は……クリスマスイブだしな。」
商品を受け取り、久しぶりの感覚をかみ締めながらそこを後にした。

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「何買ってきたの？」
「ケーキとファミチキ。」
靴を脱ぎ、ビニール袋を見せながらそう答える。言っていないことはあるが、嘘はついていない。流石に新品ゲームを買ってきたぜ☆とは言えなかった。
「なんでケーキ？誰か来るの？」
「今から来るわけないでしょ。なんとなくクリスマスっぽいことしたかっただけ。」
あ、そう。と言いつつ少しだけ驚いているおかん。妹ならまだしも、俺がこういうことするのは予想外だったのかもしれない。
2階に上がり、もしゃもしゃとファミチキにがっついていると目の前に立派なチキンが出てきた。
「これ今日の夕飯。チキンならあったのに（笑）。」
「…………。」
まぁ……いい。よしとする。ファミチキは単純に食べたかったから買ったようなもんだし…。
何やら買ってきたケーキがクリスマス気分を上昇させたのか、おかんが徐にじんぐるべるを鼻歌で歌いだす。ていうか、あれだな……本当に俺がケーキ買ってくるなんて思ってなかったんだな。クリスマス？興味ねぇよ、みたいな雰囲気出してるし（？）。
どれ、今日行った電気店でのエピソードでも話してやるか。
「今日さ、あそこのレジまじ混んでたよ。半端なかったし（笑）。」

…………………。
しばらく部屋中に響き続けた生活雑音。親父はテレビ、おかんは洗い物に夢中らしい。
（聞こえて……ないのか…。）
ちょっとだけ残る恥ずかしさをもみ消すように夕飯の続きを食べ始めた。大丈夫、今日は圧倒的な味方が常に存在している。
（………イブだしな。）
もはや関係なくなっている気がするのは気のせいだろう。

よろよろと部屋に戻り、リュックを置きながら今日収穫した自己プレゼントをまじまじと見る。
そういえばポテチがあったな。某シリーズの新しい味。口が臭くなるような匂いを放ってるが、大好物だ。
がさごそとビニールからそれを出しつつ、一人でいる時は一切使わないちゃぶ台にそれとプレゼントを置き、自分のピースサインを添えて写真を一枚。これでケーキでもあれば雰囲気出るんだが、買ったケーキは親にあげてきた。
ちょっと出掛けるつもりが結構かかっちまったな。課題は……これ食べ終わってからでいっか。ほら、なんたって今日は……。








ああ、そうだ。ひとつ言い忘れてた。
ここで言っておかないともう言う機会ないかもしれないから。





メリー、クリスマス。



END